未必のトラジェディー あとがき

“並木夏海を殺したのは自分です”という東有理の懺悔の手紙の一文から始まった小説でした。この話が開始された時点で並木夏海は故人なので、作中一度も並木夏海を喋らせないことを徹底しました。回想の中でこう言った、ということはあっても会話は出て来ていないはずです。

昨今色々と話題に上る性的マイノリティー的な話もちらりとは出て来ますが、何か説教臭いことや啓蒙をしたいわけではなくて、ただ一人の人間が生きて死んだ、ということを書きたかっただけでした。きっと人間は色々な顔を持っていて、有理から見た夏海、はすみから見た夏海、両親から見た夏海、陽加から見た夏海はそれぞれ一致するものはない、当然晶穂の知る夏海とも違って、だから晶穂は迷走してしまい、混乱もして…書いてる私が一番混乱しました!

ちなみに店長が晶穂に話したことはアウティングではなく、夏海が生前店長に何かにあれば晶穂に話してくれ、と頼んでいた内容です。念のため…。

私自身、もう随分前に祖母を亡くしているのですが、とにかく受容ができなくて立ち直るのに何年も何年もかかった人間でした。一時期は仕事もできないくらいに落ち込み、部署異動もしましたし、何もしなくても泣けて来たり、頻繁に祖母や家族が夢に出て来る時期がありました。当時は人が死ぬドラマや映画、アニメさえ見るのが辛く、こうして人一人の死を扱った小説が書けたのは、今だからです。有理も陽加もはすみも、そして晶穂も、きっと受容できるようになるまでの年数は違うのだろうなと思いながら、この小説の終わりを書きました。

続きから細かい裏設定など。

▼名前の由来

未必の中心人物の名前は東西南北にちなみました。東(あずま)有理は東、仁科(にしな)晶穂は西、並木夏海(なみきなつみ)は夏海のみから頭へ読むと南、立木水樹(たちきみずき)も水樹のきから頭へ読んで北です。

▼松野陽加

松野陽加は当初、USBを晶穂に渡す程度で、夏海の実家まで一緒に行く予定はありませんでした。書いてる内に一緒に新幹線に乗って…というか、陽加が晶穂を引っ張って行く側になっていました。陽加と夏海の両親の話や、その後陽加が夜の神戸で晶穂と話す話は、書いていて一番しんどかったところです。

▼神戸

神戸の街、いいですよね。またゆっくり行きたい願望も込めて、有理と夏海の出身地は神戸になりました。あんまり神戸らしさを出すことができませんでしたが…。一応、神戸周辺の高級住宅街や音楽科のある学校についても調べました。

▼城春輝

晶穂が二人の出身音大を訪問した辺りで、私も晶穂と一緒に行き詰ってました。完結させられないかも…!と頭を抱えていたのですが、城春輝の登場によりとんとんとんっとその先が決まり、書き続けることができました。

▼執筆中のBGM

城春輝登場後も何度か止まりかけたり、どう終わらせようかと悩んで更新間隔が空いたりしました。有理と夏海の行き違いというか、すれ違いというか…ここを書くのにすごく気を遣って、どういう言葉がいいのか、浮かんで来ず結構寝かせました。執筆が止まると音楽が助けてくれることがあって、未必の場合はAimerさんの『花の唄』や天野月さんの『静寂』の一節で「これだ!」という一言が浮かんだりしました。

有理が夏海に言われた「そっか」の一言は“私を傷つけるものを (中略)それだけでいいの”から着想を得ました。“貴方のこと傷つけるもの全て 私はきっと許すことは出来ない”というところから、夏海が実はとても過激な、というか、極端な人物だったという設定があったのですが、どうしても亡くなっている夏海の思いを具体的には出せなくて(出したくなくて)本編に出さずに終了しました。でも実際どんな思いを抱えていたのかは夏海しか知りません。

『静寂』は、もう、ふんわりと全体的に有理の終わらせ方にマッチして、すらすらと筆が進むBGMでした。

▼瀬名はすみは仁科晶穂の小説を読めたのか?

読………む努力はしました…!

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